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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)90号 判決 1995年12月14日

主文

一  被告が昭和六二年(不)第六〇号事件について平成元年二月七日付でなした命令を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】 第一 請求

主文と同旨

第二 事案の概要

被告補助参加人ら所属の別紙記載の組合員ら七五名(以下「本件組合員等」という。)は、原告の再三に亘る注意・指導にもかかわらず就業時間中に組合バッヂ(縦一・一センチメートル、横一・三センチメートルの四角形で、この中にNRUと表示されている。以下、このバッヂを「本件組合バッヂ」という。)を着用していたので、原告は本件組合員等に対し、厳重注意をするとともに、夏季手当の減額支給及び賃金規程に定める「昇給欠格条項」該当者として取扱う措置(以下原告の以上の措置を「本件措置」という。)をなした。そこで、被告補助参加人等は、本件措置は正当な組合バッヂ着用を理由とした不利益処分であるとともに、この処分を通じて補助参加人等の組織の動揺・破壊を狙った支配介入行為である等と主張して被告に救済命令の申立てをなしたところ、被告は、本件措置は労組法七条三号の支配介入に該当する不当労働行為であるとして後記のとおりの救済命令を発した。

本件は、原告が右命令は原告における職場規律の本質及び実態を無視し、就業規則の解釈適用を誤ってなされた違法な処分であるとして、この取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者関係

(一)  原告は、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)に基づき、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が経営していた旅客鉄道事業のうち、東海地域及び東海道新幹線を承継して設立された株式会社で、肩書地に本社を置き、その従業員数は約二万一四〇〇人である。そして、原告は、新幹線の運行を司る部門として新幹線運行本部(従業員数約七九〇〇人)を設置しており、この下に東京地区の現業機関として運転所、保線所、電気所等を置いている。

(二)  被告補助参加人国鉄労働組合(以下「国労」という。)は、昭和二二年に国鉄の職員により結成された労働組合で、現在は、国鉄の事業を承継して設立された各新会社及び国鉄清算事業団に勤務する者等によって組織される労働組合であり、本件救済命令申立時点の組合員数は約四万二〇〇〇人であった。なお、国労から分れた主な労働組合として、昭和二六年に日本国有鉄道機関車労働組合(昭和三四年に国鉄動力車労働組合と名称を変更した。以下「動労」という。)、昭和四三年に鉄道労働組合(以下「鉄労」という。)及び昭和四六年に全国鉄施設労働組合(以下「全施労」という。)がそれぞれ結成されている。

被告補助参加人国鉄労働組合東京地方本部(以下「東京地本」という。)は、国鉄労働組合東日本本部の下部組織であって、原告及び東日本旅客鉄道株式会社の事業地域における、東京を中心とする地域で勤務する者によって組織される労働組合であり、本件救済命令申立時の組合員数は約一万三〇〇〇人であった。

被告補助参加人国鉄労働組合東京地方本部新幹線支部(以下「新幹線支部」という。)は、昭和四一年三月に結成され、原告の経営する新幹線の東京地域の運転所、保線所、電気所等の現業機関を中心に勤務している者で組織されている東京地本の下部組織であり、本件救済命令申立時の組合員数は約一一〇〇人であった。

なお、本件組合員等は、新幹線支部の下部組織である東京第一運転所分会、東京第二運転所分会、東京保線所分会及び東京電気所分会に所属する組合員である。

原告には、国労のほかに、昭和六二年二月に結成された全日本鉄道労働組合総連合会(以下「鉄道労連」という。但し、同年一一月時点での組合員数は約一三万人)所属の東海旅客鉄道労働組合(以下「JR東海労組」という。)、同じく同月結成された日本鉄道産業労働組合総連合(但し、同年一一月時点での組合員数は約三万人)所属の東海鉄道産業労働組合及び昭和四九年三月三一日に動労から分れて結成された全国鉄動力車労働組合連合会(以下「全動労」という。)がある。

2  就業規則の定め

原告の就業時間中等の制服等の着用及び組合活動に関する就業規則(以下「本件就業規則」という。)及び賃金規程(以下「本件賃金規程」という。)には以下の定めがなされている。

(一)  本件就業規則

<1> 三条(服務の根本基準)

社員は、原告事業の社会的意義を自覚し、原告の発展に寄与するために、自己の本分を守り、原告の命に服し、法令・規定等を遵守し、全力をあげてその職務を遂行しなければならない(一項)。

<2> 二〇条(服装の整装)

制服等の定めのある社員は、勤務時間中、所定の制服等を着用しなければならない(一項)。

社員は、勤務時間中に又は原告施設内で原告の認める以外の胸章、腕章等を着用してはならない(三項)。

<3> 二三条(勤務時間中等の組合活動)

社員は、原告が許可した場合のほか、勤務時間中に又は原告施設内で、組合活動を行ってはならない。

<4> 一四一条(懲戒の種類)

懲戒を行う程度に至らないものは訓告とする(二項)。

(二)  本件賃金規程

<1> 二四条(昇給の欠格条項)

昇給所要期間内において、別表第八に掲げる昇給欠格条項(以下「本件昇給欠格条項」という。)に該当する場合は、当該欠格条項について定める号俸を昇給号俸から減ずる。この場合、減号俸が昇給号俸を越える場合は、その越える号俸一号俸につき三箇月の割合で、昇給所要期間の起算日を繰り下げる(一項)。

昇給所要期間の起算日を繰り下げた期間内に欠格条項のある場合又は昇給所要期間の経過のない場合については、前項に準じて取り扱う(二項)。

<2> 一四二条(調査期間)

調査期間は、夏季手当については前年一二月一日から五月三一日まで、年末手当については六月一日から一一月三〇日までとする。

<3> 一四三条(支給額)

期末手当の支給額は、次の算式により算定して得た額とし、基準額については、別に定めるところによる。

基準額×(一-期間率±成績率)=支給額

<4> 一四五条(成績率)

第一四三条に規定する成績率は、調査期間内における勤務成績により増額、又は減額する割合とする(一項)。

成績率(減額)は、調査期間内における懲戒処分及び勤務成績に応じて、次のとおりとする(三項)。

ア 出勤停止 一〇/一〇〇減

イ 減給、戒告、訓告及び勤務成績が良好でない者 五/一〇〇減

(別表第八)

昇給欠格条項

勤務成績が特に良好でない者 所定昇給号俸一/四以上減

「勤務成績が特に良好でない者」とは、平素社員としての自覚にかける者、勤労意欲、執務態度、知識、技能、適格性、協調性等他に比し著しく遜色のある者をいう。

3  本件措置の経緯

(一)  原告は、昭和六二年五月六日、各人事(担当)課長に対し、現在においてもなお勤務時間中に組合バッヂを着用したり、社章・氏名札を着用しない社員に対する調査を行うよう指示した。

(二)  原告は、同月二二日、各長に対し調査期間を四月一日から五月二二日までとして、組合バッヂ着用者等の実態を把握するための調査を行うよう指示した。この結果によると、原告の従業員全体で三八六人が組合バッヂを着用しており、このほとんどが国労所属組合員であった。

(三)  原告は、右実態調査結果の報告を受け、本件組合バッヂ着用者に対する処分(訓告六〇人、厳重注意三二六人)を決定した。この決定を受けた新幹線運行本部では該当者二一六人(但し、全動労所属組合員三人を含む。うち訓告六〇人)の処分を行ったが、そのうち厳重注意の対象者に対しては五月二七日ないし三一日の間に、本部長名で「組合バッヂの着用は、就業規則に違反するものであり、度重なる注意、指導にもかかわらず従わないことは、社員として不都合である。」との理由を付して厳重注意を文書で行った。そして、七月三日に支給した夏季手当から本件賃金規程一四五条三項イの定めに基づいて五パーセントの減額支給をした。

(四)  なお、右厳重注意(但し、本件就業規則で定められた懲戒処分ではない。)の対象者は、四月一日以降五月下旬になっても定められた社章及び氏名札は着用しているものの本件組合バッヂを取り外さずに継続して着用していた者であり、訓告の対象者は、社章あるいは氏名札を着用せずかつ本件組合バッヂを着用していた者である。

(五)  新幹線支部の組合員で右厳重注意を受け、夏季手当を減額支給されたのは本件組合員等であった。

4  本件救済命令の発令

補助参加人等は、本件措置は前述した不当労働行為にあたるとして、被告に救済命令の申立て(昭和六二年(不)第六〇号不当労働行為事件)をしたところ、被告は、原告は、平成元年二月七日、新会社発足を契機に本件就業規則に定める禁止諸規定をことさら前面に押し出しこれに藉口して、本件組合バッヂ着用者に対し本件就業規則上の処分でないとはいえ、本件組合バッヂ着用のみを理由に厳重注意及び昭和六二年度夏季手当を五パーセント減額支給したことは、組合員が国労にとどまることに不安を抱かせることによって国労の組織を弱体化せんとした支配介入行為である旨の判断をし、左記主文の命令を発し、同命令は同年三月二〇日原告に交付された。

(一)  原告は、新幹線支部に所属する本件組合員等に対し、昭和六二年五月二七日から同月三〇日までに行った本件組合バッヂ着用を理由とする厳重注意を次の措置を含めてなかったものとして取扱わなければならない。

(1) 本件組合員等に対して昭和六二年夏季手当から減額した金員を支払うこと。

(2) 本件組合員等に対して本件賃金規程に定める本件昇給欠格条項該当者として取扱わないこと。

(二)  原告は、本命令書受領の日から一週間以内に、下記内容の文書を被告補助参加人等に交付しなければならない。

年 月 日

殿

東海旅客鉄道株式会社

代表取締役 須田 寛

当社が、貴組合所属の組合員に対して、組合バッヂ着用を理由に厳重注意を行ったことならびに昭和六二年夏季手当を減額支給したことは不当労働行為であると東京都地方労働委員会において認定されました。

今後このような行為を繰り返さないよう留意します。

(注・年月日は文書を交付した日を記載すること。)

(三)  原告は、(一)(1)及び(二)を履行したときは、速やかに当委員会に文書で報告しなければならない。

二  争点

原告のなした本件組合員等に対する本件措置が労働組合法七条三号の支配介入に該たるか否かにある。

(当事者の主張)

1  原告

原告のなした本件措置は、原告が全社員に対して等しく要請している本件就業規則所定の職場規律に違反したことを理由に、関係規定の定めに従ってなした一般的・制度的措置であって、本件組合員等が被告補助参加人等組合に所属していることと特段の関係のないことは明らかである。ところが、被告は、本件措置が被告補助参加人等に対する支配介入であるとしたものであって、この判断は、原告における職場秩序の本質及び実態を無視し、本件就業規則三条、二〇条及び二三条の解釈・運用を誤ってなされた違法なものである。

ところで、本件就業規則違反が成立するためには、被告が判断するように職務の遂行が阻害されるような実害発生を必ずしも要件とすべきではない。

国労は、本件組合バッヂの着用をその所属組合員に指示し、これが団結を昂揚するためになされたものであると公言しているのであるから、本件組合バッヂの着用は、本件就業時間中の組合活動として、本件就業規則二三条はもとより、原告と国労との間における労働協約六条にも違反する不当なものであり、就業時間中の本件組合バッヂの着用という行為は、服装の整装に関する職場規律に違反するのみならず、原告の社員の職務専念義務(本件就業規則三条)にも違反する。

そもそも組合バッヂ等の着用は、国鉄当時においても就業規則三条、六条及び被服類取扱基準規程一六条に違反していたが、当時の規律弛緩が広範に及んでいたこともあって、このような事項の改善にまで容易に及びえなかったにすぎないし、そもそも、原告は、改革法等関連法令に基づき、国鉄とは別個独立の法人格を有する株式会社として設立された新企業体であり、その連続性はもとより、国労嫌忌の意思の引き継ぎなどを考慮する余地はない。

原告は、国鉄当時の職場規律の乱れが業務運営に好ましくない影響を与え、その是正が強く指摘されるに至ったことにかんがみ、新企業体として発足した当初から職場規律の確立維持に意を用い、新たに制定された本件就業規則の定めに従い、あげてその職場秩序の確立に努め、その一環として服装の整装についても本件就業規則の遵守を求めているのであるから、本件組合員等による就業時間中の本件組合バッヂ着用が国鉄当時における取扱いの如何によって正当化されるものではない。

被告が原告に不当労働行為意思が認められるとする原告関係者らの言辞等は、いずれも経営再建のための職場規律維持等業務上の必要性に基づくものであったから、この点に関する被告の判断には誤りがある。

なお、本件組合バッヂ着用に係る期間を含む昭和六二年度を査定期間とする昭和六三年度の定期昇給は、既に本件救済命令が発出される以前に終了していたのであるから、この点に係る本件救済命令は救済の対象となる事実発生の余地のないことを看過してなされた違法なものである。

2  被告

本件救済命令には何ら違法となるところはない。

そもそも組合バッヂは、組合員が当該組合員であることを顕示して組合意識をたかめ、ひいては組合の団結保持に資する目的のもとに着用するのであるから、組合バッヂの着用行為は、それによって職場規律を乱し、又は業務遂行の妨げとなる等のことが認められない限り、正当な組合活動ということができる。また、職務専念義務とは、私企業の労働関係では労働契約上のものしか考えられず、つまりは「労働者が労働契約に基づきその職務を誠実に履行しなければならないという義務」として捉えられるべきものである。したがって、労働契約上の右義務の誠実な履行と矛盾なく両立する従業員の行為は勤務時間中であっても格別職務専念義務に違反するものではない。

本件についてみると、原告は本件処分の理由として職場規律の違反をあげるのみで、本件組合バッヂの着用がいかなる点を捉えて職場規律を乱したというのか具体的な主張も疎明もしない。しかも、本件組合員等は、顧客と比較的接触の多い車掌ではなく、運転所、保線所、電気所等接客頻度の低い部署に所属していたことからみると、本件組合バッヂの着用によって実質的な意味での職場規律や業務の運営に支障が生じたとか、あるいはその虞があったとは一層認めることができない。また、国鉄時代に長年にわたり組合員の組合バッヂ着用につき、国鉄からその取り外しの注意を受けたり、また処分を受けたりした者がいなかった事実は、従前の労使関係では組合バッヂの着用は上記のような危惧を伴わなかったことを裏打ちするものといいうる。

一方、労使関係の経緯をみると、本件においては、国鉄が国労を嫌忌していたことを容易に推認することができる。原告は国鉄の行っていた事業を引き継いだ会社であり、少なくとも昭和六〇年七月の「再建委員会」の提言がなされた以降の国鉄の諸施策は、国鉄の分割民営化を前提とする方針によるものとみるべきであるから、原告が法形式的には国鉄とは別個独立の法人であるとはいえ、この間の労使関係の経緯を無視することは適当でない。しかも、原告は、四月一日以降、本件組合バッヂの着用者に対し、各機関の長を通じ、これを取り外させるための懲戒処分のありうることを含め執拗とみられるほどの注意・指導をしている。このような経緯等からみると、国鉄は、国労嫌忌の意思をもって新会社発足に先立ち、本件組合バッヂの着用者に対する従前の取扱方針を変更し、これを受けて原告においても国鉄の新方針を引き継いで国鉄と同様の意図のもとに行動していたものとみざるをえない。

3  被告補助参加人等

本件組合員等が本件組合バッヂを着用したことは国労に所属していることを表明するためであって、団結権行使の一態様、団結活動の一態様と評価できるが、その実質は国労所属組合員であることの表明行為なのである。

原告は、本件組合員等の本件組合バッヂ着用行為の有する意味合いが右のようなことであることから、厳重注意及び夏季手当の減額支給という本件措置で臨んだのであって、このことは、本件組合バッヂ着用に象徴される国労の団結権そのものに対する嫌悪にあるといわなければならない。

国鉄は、昭和六二年三月三一日までは組合バッヂについて「服装の整装」あるいは「勤務時間中の組合活動」に関わる事柄として規制の対象とはしていなかったのであり、組合バッヂの着用行為に対し注意・警告をするとか、いわんや処分の対象にするなどということは全くなかった。

ところが、国鉄は、昭和六〇年六月ころから国労弱体化のための諸方策を一段と強化してきた。国鉄が組合バッヂを問題にし始めたのは本件就業規則を作成し配布し始めた昭和六二年三月末ころになってからであり、このことは国労所属組合員であることの表示にひそむ意識や思想の排除にあったのであって、組合バッヂの着用を規制することを通じて国労の分会に結集して活動する意欲を封ずる狙いを持つものであった。

国鉄が本件就業規則の運用としてなした組合バッヂ着用禁止の「事務連絡」は、形式上はすべての職員に及ぼすものではあっても、もはや国労所属の組合員以外は全く着用できないし、着用していない状況下での禁止措置であったから、まさしくその運用上は国労弱体化政策の仕上げともいうべき方策として国労及び国労所属組合員に狙いを定めたものであることは明らかである。

すなわち、国鉄は、昭和六一年一月一三日、動労、鉄労等と「労使共同宣言(第一次)」を締結して以降国労を弾圧し、その組織を縮小させ、ついには「分割民営化反対」とその背景にある「労働組合の自主性の堅持」、「労働条件の維持・向上」という国労の基本的方針の変更を迫り、国労を変質させることを目的とする諸政策を強力に推進してきた。例えば、国労所属組合員を不利に扱うように職員管理調書を作成したり、労務政策の最高責任者の国労に対する不当労働行為に及ぶ発言をしたり、人材活用センターを設置してこのセンターに国労所属組合員を集中的に配置して国労攻撃の手段としたり、他の労組を賛美し言外に国労を敵視し、国労を脱退しなければ新会社によって雇用されることが保証されないかのごとき発言を繰り返したりし、さらに、国鉄の国労に対する攻撃は露骨となり、昭和六一年八月二七日には動労、鉄労等と「第二次労使共同宣言」を調印した。しかし、国労は、昭和六一年一〇月九・一〇日、静岡県修善寺で開催された臨時全国大会で分割民営化に反対して戦うという従来の方針を堅持することを決定した。これをみて国鉄は、国労攻撃を一層強化し、設立委員会に対し、国労所属組合員を排除した「新会社に採用すべき者」の名簿を提出した。このために、新会社が発足した際に国労所属組合員のなかから大量の採用拒否者が出た。

以上指摘してきた国鉄の国労弱体化政策は、本件に関わる新幹線支部の各分会役員等に対する昭和六二年三月中旬のすさまじい配属の措置となって具体化され、このことはそのまま原告に引き継がれた。

本件組合バッヂ着用行為は、職場秩序を乱したり、職務専念義務にも違反しないのであるから、本件就業規則所定の就業時間中の組合活動規制条項を適用することは許されないのである。

以上のとおり、本件組合バッヂ着用は、国労所属組合員であることを表明する行為として正当であり、本件措置は、「労働組合の組合員であること」、「労働組合の正当な行為をしたこと」の故になされたのであるからとして、労働組合法七条一号の不利益取扱い及び同条三号の支配介入に該当するのであり、本件救済命令は正当である。

第三 争点に対する判断

本件組合員等の本件組合バッヂ着用行為は、国労所属組合員であることを顕示して組合意識をたかめ、ひいては国労の団結保持に資するためであったというのであり、これに対して原告は本件措置をなしたのであるが、本件措置のうち厳重注意は本件就業規則上の処分ではなく、事実上の行為に過ぎないというのであり、昭和六二年度夏期手当減額支給は本件組合バッヂ着用行為を本件賃金規程一四五条三項の夏期手当減額支給事由の「勤務成績が良好でない者」に該当したことによるというのであり、また、本件昇給欠格条項該当者としての取扱いは本件組合バッヂ着用行為を本件賃金規程二四条の別表第八に掲げる本件昇給欠格条項の「勤務成績が特に良好でない者」に該当したことによるというのである。

一  本件就業規則及び賃金規程上の当該条項該当性の有無について

先ず、本件組合員等の本件組合バッヂ着用行為が本件措置の根拠規程である本件就業規則二〇条、二三条、本件賃金規程二四条、一四五条に該当するか否かについて検討する。

そこで、本件就業規則の解釈適用についてであるが、本件就業規則三条は、社員の法令等の遵守義務及び職務遂行義務を定めているから、社員はこれらの義務を就業規則上負っていることとなる。また、本件就業規則二〇条は社員の服装の整装について定め、この三項は社員の勤務時間中の又は原告施設内での原告の認める以外の胸章、腕章等の着用を禁じているところ、同条の解釈として、同条の禁止対象となるのは右胸章等の着用によって職場規律の紊乱又は業務阻害が現実に発生する場合あるいはこの具体的な発生のおそれのある場合に限られるとの解釈をすることは相当ではなく、右胸章等の着用自体がこのような発生のおそれがある場合であるとしてこれらを例示的に列挙して禁じているものと解すべきである。本件就業規則二三条は、社員に対し原告が許可した以外の勤務時間中の又は原告施設内での組合活動を禁じているところ、同条の解釈として、同条の禁じている組合活動は正当でない組合活動であって、正当な組合活動は同条の禁じるところではないとの解釈は妥当でなく、正当でない組合活動は勿論のこと、正当な組合活動も同条の禁じるところと解すべきである。以上の解釈は、本件就業規則二〇条、二三条には右のように制限的に解すべき何らの定めがなされていないばかりか、本件就業規則制定者の原告が同条を右のように制限的に解すべき意思のもとに制定したこと、あるいは右と異なる解釈をすべき慣行等の諸事情の存在をも認めるに足りる証拠もないからである。

もっとも、企業が就業規則を制定する目的は職場秩序の維持及び円滑な業務運営の確保にあり、このことは原告にあっても異なるところはないと解されるから、本件就業規則二〇条、二三条の適用にあってはこのような観点からなされなければならないことはいうまでもないが、このことは同条の解釈問題とは別であって、適用の当否の問題として検討対象となるということができる。

そうすると、本件組合員等の本件組合バッヂ着用行為は、本件就業規則三条に違反するとともに、本件就業規則二三条及び二〇条三項にも違反することは明らかである。

さらに、本件賃金規程の解釈適用についてであるが、本件賃金規程一四五条三項にいう「勤務成績が良好でない者」とは提供すべき労務の質及び量の面において労働契約上要求される水準に達しないことをいうと解することができ、この場合においての労務提供の態様も労務提供の質及び量の前提として労働契約上要求されているところに従ってなされなければならないことはいうまでもない。

また、本件賃金規程二四条の別表第八に掲げる「勤務成績が特に良好でない者」とは、右にいう勤務成績の良好でないことが著しいことを意味し、前記同表の定義規定に列挙された事由はこれの例示的列挙であると解することができる。

そうすると、本件組合バッヂを着用した本件組合員等については右にいう勤務成績の(特に)良好でない者を評価されてもやむを得ないことは供述するとおりである。

二  組合バッヂ着用に対する国鉄及び原告の対処方について

本件措置の不当労働行為性の有無につき、被告は、組合バッヂ着用者に対する対処方を原告のみならず、原告設立前の国鉄時代から検討を加え、被告補助参加人等も同様の観点からの主張をしており、原告も、国鉄とは別個独立の法人として新たに設立されたのが原告であるとの観点に立ちつつも、国鉄時代における職場秩序との関連で組合バッヂ着用行為の禁止の正当性を主張している。このことは、本件組合バッヂの着用行為を単に形式的・抽象的に把握するのではなく、具体的・総合的な観点から検討しなければならないことを意味しているのであり、当裁判所もこのような観点に立って検討するのでなければ本件紛争の真実の意味合いを判断することはできないと考えるので、国鉄及び原告の組合バッヂ着用者に対する対処方をみることとする。

三  不当労働行為意思の有無について

以上の認定事実及び争いのない事実を総合すると、原告と国労との間における本件組合バッヂ着用に関しての争いは、その形状及び着用態様等に比し、極めて熾烈な状況にあるといえる。このような争いを展開している背景には、原告が新会社として発足したことを契機に国労所属組合員をも含めた全社員に対し国鉄時代とは異なった職場秩序の維持・確立を求めているのに対し、国労が国鉄時代と同様の取扱いを主張していることにあるということができる。

企業者が職場秩序の維持・確立の下で労務提供を受けようと希求することは、この下にあってこそ労務提供が完全になされるための基礎的条件であり、職場の安全管理のうえからも重要であることからであり、このことは原告にあっても全く異なるところはないと考えられるが、原告にあっては、新会社として発足して以来全社員に国鉄時代とは異なった職場秩序の維持・確立を求めている所以は以下のような特段の事情があったことによるというのである。すなわち、原告設立前の国鉄時代には、ヤミ慣行、ヤミ協定、ヤミ休暇、ポカ休等といった職場規律の乱れの指摘が第九五回国会の衆議院及び参議院の行財政改革に関する特別委員会でなされたのみならず、昭和五七年三月ころからは一部新聞等でもなされ、このような状況下にあって国鉄は、これらの批判に応えるための是正措置を講ぜざるを得ない状況に立ち至り、このような経緯のなかで昭和五六年一一月九日には各鉄道管理局長に対し職場規律の是正を求め、国鉄総裁も昭和五七年三月五日に各鉄道管理局長に対し職場規律の実体調査とヤミ慣行等の是正措置の実施を通達し、職場規律の確立のために昭和六〇年九月まで八次にわたる総点検を繰返したというのである。そして、第二次臨時行政調査会の第三次答申においても職場規律の乱れがその一項目として指摘され、新形態移行までにとるべき緊急措置として職場におけるヤミ協定、悪慣行を全面的に是正し、違法行為に対する厳正な処分をなすこと等の提言がなされ、政府も、右答申を最大限に尊重し必要な措置をとる旨の閣議決定をなすとともに、職場規律の確立のために職場におけるヤミ協定及び悪慣行については直ちに是正措置を講ずることを当面の緊急対策の一つとしてあげたというのである。ところが、八次にわたる職場点検の結果徐々に職場規律が図られたものの、なお、リボン、ワッペンの着用等の改善がみられなかったことから、職員管理調書を作成したというのである。そして、原告が設立された設立総会において本件就業規則が制定されたものの、新幹線支部所属の組合員の多くは国鉄時代と同様に本件組合バッヂを制服の襟に着用しており、原告が発足した後も、新幹線総局東京車掌所所属組合員を除き同様であったというのである。

このような状況下から準備室は関係人事、厚生課長に宛てて、昭和六二年三月二六日に山田室長名で組合バッヂ着用禁止の指示をし、この指示を受けた新幹線総局は、同月三〇日、労働課長名で各長に宛てて、本件就業規則二〇条三項で禁止されている組合バッヂの着用の禁止を全社員に周知徹底させることを指示し、この指示を受けた各長は組合バッヂの着用の禁止とこれに従わない場合の懲戒の対象とを掲示したというのである。このような原告の組合バッヂ着用の禁止措置にもかかわらず、同年四月一日時点においての組合バッヂの着用者は原告社員全員で三七〇人であり、この殆どが国労所属組合員であったというのであって、新幹線職場では約二パーセントにあたる約一二〇人が着用していたというのである。これに対し国労東京地本は、本件組合バッヂを全員が着用するように指示し、このようなことから、管理者が注意しても、国労所属組合員はこれに従おうとしなかったというのである。これに対し、原告は、総務部勤労課長名で各人事担当課長に対し、勤務時間中に組合バッヂを着用している社員に対しては本件就業規則三条一項、二〇条三項及び二三条に違反することの通告と直ちに取り外すことの注意・指導をし、これに従わないときには就業規則違反として懲戒処分もありうることの通告をなすこと等の事務連絡をなし、これを受けて管理者は勤務時間中に組合バッヂを着用していた社員に対し、個別に注意・指導をしてきたが、本件措置をなしたのは、このような再三に亘る注意・指導にもかかわらず本件組合バッヂを着用していた国労所属組合員であったというのである。

以上の観点からみるならば、原告が全社員に対し職場秩序の維持・確立を図るために国鉄時代とは異なった措置に出で、この一環として組合バッヂの着用を禁じ、これに従わない社員に注意・指導をなすことには十分な理由があるということができる。

他方、被告補助参加人等は、所属組合員が本件組合バッヂを着用する理由として国労所属組合員であることを表明するためである旨の主張をするが、同組合員等が本件就業規則三条一項、二〇条、二三条に違反し、原告の右のような再三に亘る注意・指導にあえて反対してまで本件組合バッヂを着用しなければならない合理的理由は首肯することができないばかりか、被告補助参加人等の右のような目的を達成するためには他にとることのできる合法的手段が多く存するのであるから、本件組合バッヂの着用の禁止措置がなされたからといって被告補助参加人等の組合活動に格別の支障が生じるものとは到底考えられない。

もっとも、原告は、国労が国鉄の分割民営化に終始反対し、国鉄の余剰人員対策等にも反対していたことなどから、国労に対する対処方を動労、鉄労、全施労と異にし、雇用安定協約の再締結を国労以外の労組とは締結しながらも国労とは締結せず、国労も、動労、鉄労及び全施労が国鉄と労使共同宣言を締結してもこれを締結せず、原告が設立された後においても原告の経営施策に非協力の態度を維持し、対立状況にあり、本件で問題となっている組合バッヂの着用についてみても、準備室の指示により新幹線総局が全職員に対し組合バッヂの着用を禁じても、国労東京地本は本件組合バッヂの着用を指示し、組合バッヂの着用者のほとんどが国労所属組合員であり、原告が設立された後も、国労以外の組合員は原告の注意により組合バッヂを着用しないようになったが、国労組合員のみが注意・指導にもかかわらずこれに従わなかったため、本件措置に至ったというのであるから、諸施策に反対行動を展開していた国労を協力者、協調者とはみていなかったということができ、このことは、被告も指摘しているとおり、原告の管理職員の本件組合バッヂ着用者に対する些か感情的とも受取れる言動となって現われたものと考えられる。

しかし、原告が社員に対し、正装の観点から勤務時間中又は原告施設内で組合バッヂの着用を本件就業規則によって禁止すること自体格別不合理であるとは考えらえず、また、就業時間中又は原告施設内における組合活動を本件就業規則によって禁止することには合理性があり、被告もこのような観点に立って判断を加えていると考えられる。

確かに、本件組合バッヂは、この形状は小さいばかりか、その着用態様も襟に着けていたというのであるから、これを着用したからといってこのことにより直ちに職場秩序を紊乱したとか業務運営の妨げとなったということはできず、この点に関する限りは被告の指摘するとおりである。

しかし、本件争点を検討するにあたっては、本件組合バッヂの形状とかその着用態様は考慮しなければならない重要な要素ではあるけれども、このことのみによって検討することは相当ではなく、本件組合バッヂ着用が労使関係においていかなる意味合いを有し、このことによって労使関係にいかなる影響を及ぼしているか等の総合的観点に立って検討することが肝要である。

そうすると、国労の指導に従い本件組合バッヂを着用した本件組合員等は、何ら肯定することのできる理由なくして前述のような労使間の緊張関係をもたらしているのであるから、被告が本件措置に及んだことには無理からぬところがある。

そして、原告の本件組合バッヂ着用禁止の措置は国労所属組合員のみを対象としたのではなく、全社員を対象としたという点も考慮されるべきであるから、国労のみを特に不利益に取り扱ったということもできない。

以上のとおりであるから、原告が再三の注意・指導を無視して本件組合バッヂを着用していた本件組合員等に対し厳重注意をしたことには何らの問題とされるところはなく、また、昭和六二年度夏期手当の減額支給及び昇給欠格条項該当者として取扱った措置には、以上のような労使関係の下にあっては労務提供の態様に問題があったのであるから、原告の裁量権の範囲を超えた措置であったということはできない。

よって、本件措置を不当労働行為意思によるものとは認められない。

四  結論

以上によれば、本件措置を不当労働行為とした本件救済命令は違法であるから、これを取消すこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林 豊 裁判官 合田智子 裁判官 三浦隆志)

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